STREET / GRAFFITI

1970年代にブロンクスやゲットー地区で、主にヒップホップのカルチャーとしてスタート。

しかしその頃のNYでは、graffitiは「落書き」として見なされていました。

公共施設や電車、街中の壁に描かれた落書きは、治安の悪化や、街の景観を損ねるなどの理由から、

白く塗り替えられは、また描かれるといった鼬ごっこ。

1990年代にも、当時のニューヨーク市長・ジュリアーニは防犯面を考慮し、graffitiを厳しく取り締り、

更には、18歳以下の若者へ、スプレーすら販売できないような条例を施行しました。

1466767112273そんな「落書き」が今では「アート」として誰もが認識しているgraffiti art。

特に大きかったのは、アニエスべーがいち早くストリートのgraffitiに目を向け、

80年代に台頭したキースへリングやジャン=ミッシェル・バスキヤなど、彼らと親交を深めていました。

その後も多くの国内外のストリートアーティストを支援しています。

キースやバスキヤがストリートのグラフィティから、キャンバスに移行し始めた90年代。

アニエスべーやSTUSSYなどがgraffitiをテキスタイルにて、転写アイテムとして発表しています。

更には覆面アーティストとされているバンクシーによって、政治的・風刺的なメッセージ性の強いものまで、

現在のストリートアーティストに多大なる影響を与えています。

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The Bushwick collective

ブルックリン・ブッシュウィックにて、ジェファーソンSt周辺中心に、

この辺り一帯は、graffitiで溢れる様になりました。元々このエリアは犯罪の多い、治安が悪い地区。

2012年に、犯罪に巻き込まれて亡くなった親の為に、

親が自分を育ててくれたこの地域の活性化の為に、Joseph Ficalovaが始めました。

 

SOHOやロウアーイーストサイドは合法的に書くのが禁止されている中、

ブッシュウィックは無償でウォールを提供したことで、最近では、若いクリエイター達が移り住み、

おしゃれなSHOPも出来始め、治安も良くなっています。

Bushwick collective partyという地域イベントも開催し、その日はビル1棟を開放して、

アート展示場としていたり、この日に一斉に壁が塗り替えられ、作品をガラッと変えたりと様々。

このプロジェクトを通じて、この地域は非常に明るい方向へ向かっているそうです。

 

The Littele Italy Street Art  (L.I.S.A project)

NolitaやLittele Italyを中心にしたアートプロジェクト。

公認のスペースでアーティストが作品を描いたり、

依頼を受けて店舗やビルの壁面に描くといったケースが増えているそうです。

スプレーが主流だった昨今、最近ではステッカーなどと一緒に組み合わせているものを多く見ます。

1466767163971ロンドンのアーティスト・James Goldcrown ”LOVE WALL”

ファッションウィークの中、またもや悲しい出来事が起こったNY。

いち早く落ち着いた生活が取り戻せますように。

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